Read me 激情

しがないゲーオタ女子の真・闇ブログ

秋、時の過ぎゆくままに、秋田。

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今回は、ただの旅日記。
先週末、相棒のYくん一家とともに、4年ぶりに秋田の湯沢へ一泊旅行に行ってきた。

約束どおり、雪の降る前に、3回目の墓参りへ。

ご遺族のお母様と再会。ここ数年、年賀状のお返事が途切れていたので心配していたが、お元気そうで何よりだった。

 

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菩提寺にて。11月の秋田は紅葉が終わりかけかも、と事前に伺っていたが、ちょうど紅葉の散り際のピークで、最高に美しかった。小さい家族たちは落ち葉拾いに夢中だった。地元では台風による塩害のせいで、街路樹が色づくことなくほとんど枯れ落ちてしまったので、ここで秋色真っ盛りの山々と素晴らしい紅葉がたくさん見られて、本当によかった。

つい先日、11回忌の法事の際に、ご先祖様の200回忌も同時に執り行ったそうで、どんだけ歴史ある代々なの……と思った。どうやら先祖は武家の一族だったらしい。言われてみれば風貌もお侍さんっぽいところがあったなー。

 

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墓参りの帰り、無形文化財の西馬音内(にしもない)盆踊り会館へ連れて行ってもらう。黒頭巾や編み笠で顔を隠した踊り子たちが、かがり火を囲みながら夜通し踊るのだそうだ。囃子はおおらかな農村ソング的艶歌だった。ゆうべはおたのしみでしたね。

 

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夕飯はお母様の弟さんが経営しているラーメン屋へ。このお店はみそラーメンとスジャータソフトクリームが売りらしく、豊富すぎるメニューに迷いつつ、前回と同じみそバターコーンラーメンを頼んだ。美味い。初めて知ったのだが、秋田南部では醤油ラーメンにお麩を入れるのが当たり前らしく、たしかに別の店の中華ラーメンでもお麩が乗っていた。関東では入れないんですか? と聞かれて驚いた。お土産に比内地鶏ラーメンを買ったので、今度家でも試してみようかな。

 

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翌日は、隣町にある秋田ふるさと村へ。屋内にはキッズパークや手芸体験、ドーム劇場、プラネタリウムまであり、小さな家族たちも広い敷地内でたくさん遊べて楽しそうだった。屋外にあるオブジェも味わい深くてよかった。ここも紅葉が綺麗だった。

 

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本場の横手やきそばもやっと食べられた。見た目よりソースが意外とさっぱりしていて美味しい。ババヘラアイス、7年前のお彼岸頃に初めて墓参りへ来たとき、道路で通りすがりに販売してるのを見かけて以来、ずっと気になってた。いつかおばあちゃんの手売りババヘラアイス食べたいなー。

 

葬式と墓参りで通算4回目の湯沢訪問となったが、この10年、ずっと心残りだったことにやっと決着が付けられて、これでいい、これでよかったんだ……という気持ちがあふれてきた。

お母様の「自然の形で、ありのままを受け止めたい」のひと言に、改めて考えさせられた。自分たちは、こうして写真を撮り、日々の出来事をSNSに記録し、生きた痕跡を日常的に残していくのがごく当たり前になり、何でもかんでも残そう記そう、と躍起になっているが、人が本来あるべき自然の形を亡失してしまっているのではないか。自分はというと、自分自身のため、あるいはどこかで情報を求めている誰かのために、記録としてブログを書いている。いつの間にか、ただひたすら記録するためだけに、日常を生きてしまっているのではないか……ジュリーの唄でないが(どっちかっつーと神宮寺三郎シリーズ方面なんだが)世の中には、特に何もせず、何も残さず、足掻くことなく、時の過ぎゆくままにこの身を任せてしまうのが、結果としてよいこともあるのではないか?

死の直前まで、人生をゲームと共に生き、ネットや原稿でゲーオタの生きざまとゲームへの熱い思いを書き綴ってきた彼は、あらゆる創造と破壊を繰り返してきた。たとえそれが他人から見たら不安定で不自然でイビツな姿であったとしても、それが彼にとってはありのままだったのだと思う。不運にも交通事故で突然に逝ってしまったので、彼の本心などはもう誰にも分からないが、自分たちはこの10年、彼のために、自分たちのために、最善を尽くしてきた。それが大事なのだと。生前叶えられなかった自著単行本2冊を世に出せたのは、少なくとも自分たちにとって文字どおり最高級の最善(ベスト)であり、ほんの短期間だが共にデスクを並べて働いてきたことを誇りをもてる仕事のひとつとなった。それでいい。

うろ覚えだが、いつか友人が言っていた「この単行本が彼の墓標なのだ」という言葉が、リアルに墓参りへ行けない人たちにとっては、単行本が墓標そのものなのだと気づかされた。本を2冊出すのは大変な苦難だったが、彼らにとっての墓標を作れただけでも、作ってよかったと思っている。

 

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墓参り後の夜、宿で軽く打ち上げした。お互いここまでよく頑張った。乾杯。
4年前、お母様から「次に来るときは、お二人のご家族も一緒にいらしてくださいね」と言われて、その約束も果たせた。墓参りの長旅に同行してくれた、家族たちにも心から感謝したい。

お母様も「10年間、皆さんが息子のことを忘れずにいてくれることを、とてもありがたく思っています」と話していた。これからも、みんな忘れないので安心してください。ただ、「私ももう歳なので、次にお墓参りに来られるときはお付き合いできないかも……」と寂しそうに言われたので、免許も取れてる(はずの)次回は、現地でレンタカーを借りてフラッと行こうかな。都心から高速片道7時間超はちとキツいかも。

我々は、たまたま同僚として巡り合ってしまっただけにすぎない関係だし、自分勝手で図々しくお節介焼きかもしれないが、こうして自分の人生にも関わってしまった以上は、彼の人生の終わりと続きを、そっと静かに見届けていきたいと願う。

今は教習所通いでますますできずじまいだが、冥土の土産よろしく、ゲームをもっともっと遊びたい。向こうで羨ましく、妬ましく思われるくらいに。それが自分なりの供養になればいい。

 

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さよなら、秋田。またいつか。